面白いのは、世間では「スポーツ界で最高の価値がある」と何となく了解されているオリンピックの金メダルが、実は過程でしかなく、究極のゴールでないことをウルフアロンがあっさりと体現したことだ。
それは言い過ぎじゃない?
金メダルが「過程」になり得るのって、かなり特殊な条件があると思うよ。あと、プロレス好きなのにこんなん言うのも何だけど、プロレスはそこまで崇高な扱いをされるものなのか?って違和感もあるよ。今の時代のプロレスしか知らなかったら、そうもなるのかもしれないけど。
このブログでも何回か言ってるけど、最近のプロレスって選手寿命がすごく長くて、40代が全盛期、50代でも尚現役という人も少なくない。大抵の競技のオリンピアンにはあり得ない選手寿命だと思うのです。だから、金メダルが過程になり得るだけだと思います。
金メダルの価値は今も変わらない。ウルフアロンが示したのは、金メダルを獲るというオリンピアンの最大の目標をクリアし、オリンピアンとしての選手寿命が終わった後でも、プロレスという形でもう1度可能性のスタートラインに立てること。それだけだと思う。そして人生を賭けるという意味では、金メダルを獲ることも、プロレスに挑むことも同じでさ。
「ウルフアロンは、世界のスポーツの流れを変える可能性もあると思います。柔道からプロレスに転向する選手が増えるかもしれない。国内においては、柔道界とプロレス界の交流が進む、その橋渡し役にもなりそうです」
これは鈴木監督も言ってたとおりで、今後期待されるポイントとして、相違ないと思うけどね。
…「世界のスポーツ」ってクソデカ主語を使っている割に「柔道界とプロレス界」と世界観がスケールダウンしているのは気になるけど(爆)
こんな風にウルフアロンが華々しくデビューしたからって、侍ジャパンでメダル獲った選手が引退したらこぞってプロレスやるなんてありえないじゃん。私がこの記事に違和感があるのは、柔道(もしくは他のコンタクトスポーツも含め)に限られそうな話を、なんか妙にデカいスケールで話しているからなのかな。