ぶれいどきゃっちゃー

社会人野球が好きな人が見たり聞いたり考えたりしたことを書いています。

今年の都市対抗のチケット

www.jaba.or.jp
パッと見た感じだけど、バルコニー席も解放されるし、今年は去年ほど座れる席の制限はないのかな?間隔は空けなきゃいけないだろうけど、どこにでも座れそう?
観たい席でしっかり観るのもいいけど、思い付きで観に行って、上の席のほうで飯を食いながらゆるゆると試合を眺める遊びも好きなのよね(私はこれを、神視点の観戦と勝手に呼んでます)
そういう席が空いていればだけど、各日でガチガチにスケジュール立ててチケット買って見なきゃいけないわけでもなくなりそうで、いつもの都市対抗が戻りつつあるような感じはします。まず気ままに観に行けるほど仕事が忙しくなければという前提があるけどね(白目)

あの人とどうしても重なる

column.sp.baseball.findfriends.jp

1888年創部の慶應義塾体育会野球部には「スタンドバイ制度」がある。2017年までは、新入生の希望者全員が入部できたが、18年からは「種々の項目(入部動機などを含む)に関する研修・評価を経て野球部長が入部を認めた者」(同野球部ホームページ)と同制度が設定された。つまり、新1年生(選手)は提出書類、新入生練習会で入部選考が行われている(マネジャー、アナリスト等も別途選考)。

ということらしいので、この制度ができるよりも前の話だけど、最近の東京六大学は殆ど見ていないから、この笠井選手をはじめ最近の慶應のことはあんまりわかんないんだけど、記事中にあるこの笠井選手の経歴を見ると、ある選手を何となく思い出す。
愛知県の進学校出身、1年浪人、怪我歴あり(あの人はトミージョンまではしなかったと思うし怪我は腰痛だったと聞いたことがある)……白星がどうだったかは覚えていないけど、多分笠井君よりかは多少登板機会はあったと思うけど…「地元・愛知の社会人企業チームで野球を続ける」の件を読んで、ああもうやっぱこれ仲井兄さんと足跡がそっくりではないか、と思えてしまってなりません。実際どこで続けるのかは知らないけどね。
仲井兄さんは大学時代は正直無名の選手だったけど(同級生のかの2枚看板が強かったからしょうがないね)、社会人に進んでから頑張って、今や岡崎のエースになった選手だからね。
笠井君の前にも、このモデルケースに近しい選手はいたと思うよ、ということを一応記しておく。

昨日の余韻

www.sponichi.co.jp
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この記事が並んでいたのはたまたまなのか、意図的なアレとしか思えないけどw

99年に西武に入団した時から先輩に可愛がられ、いじられていた。

主にいじってたの、貴方ですよね…?
別な記事でも見たけど(ソースメモるの忘れてどっか行った)、豊田とか西口のコメントとか見たりして、なんか色々懐かしかったな。つい、もし森慎二がいたら何てコメントするかな、とか想像しちゃうね。
それと、これは個人的に……昨日あのようなことを書いたので、見出しの名前に釣られまくったアレはありますが。
number.bunshun.jp
親友だというのが東スポの捏造とかでなくて安心しました(失礼)
こういう、周囲に怪物だ、レジェンドだとか呼ばれる人も、実は我々と何ら変わらん一人の人間である、と思えるエピソードすき。
それと「新人研修で談笑する赤田と松坂(1999年)」の写真を見て、あーやっぱ昔からかっこよかったんじゃん、と思いました。これは誰かさんを野球沼にドハマリさせたイケメンですよ。

ちょっと理解できた

www.tokyo-sports.co.jp
東スポだからそんなに真面目に取材してないんだろうけど(ド偏見)、このマダム達の言うことはなんとなく理解できてしまいます。

佑ちゃんには(追っかけ続けたことで)たくさんのところに連れて行ってもらいました。佑ちゃんがきっかけでいろいろな方たちに出会えたので、感謝しかないです!」

私も選手やチームを追いかけて色々な場所に出掛けたので、そういう意味では感謝しきりです。だからこの一文を読んだ時「ああ、なんかわかるな」と思いました。
もともとインドア派で引きこもってゲームしたり本読んだりするのが好きな人間だったので、そのチームや選手を知ることがなかったら、出掛けるとか、自ら旅行を企画するなんて発想はまず出てこなかったと思いますね。こういうのをきっかけに、野球と全く関係ないところの知見をも広げられたし、案外その気になれば人はどこへでも行けるんだな、と気づくことはできたと思います。さすがに海外は行ったことはないけどね。ビビりだしコミュ障なので…
こういうことをしていて、いつも選手やチームにご迷惑じゃなければいいなと思うけど(そうだったら直接言ってほしいけど、言いにくいものでもあると思うので…)、良いプレーを見せてもらうとか、そういうところ以外でも楽しませてもらっている感はあると思います。
あとね、

「寂しいですけど、これからがまた楽しみですよ! 私たちは人生の3分の2が終わってるけど、佑ちゃんはまだ若い。これからも変わらず応援し続けますよ!」と元気な様子。

このマダムは斎藤佑樹という人間が好きなんだね。一人の人間として好きというか。
大体の人って、選手という肩書を失ったその人に対しては興味を失ったり、忘れ去ったりすると思うんだけど、こういう人たちはそうではないんだろうね。追っかけようにも情報が少ないとか、一般人になっているのでどうにもできないというのもあると思うけど、何も本人そのものを見聞きすることとか、本人に見えたりわかる範囲でアクションを起こすことだけが、応援とは限らないですからね。
っていうか、選手じゃなくなったから応援しないとか、幸せを願わないとか、私の感覚では有り得ないというか………誰であれ、他人に対し幸あれと願うのは、別段普通のことではないかと思うのです。

きょうのぷろやきうかんせん

西武と日ハムの試合。松坂大輔引退試合を見ていました。
随分と昔の話をするようですが、20年ぐらい前は野球は今のような人気がなかったみたいでした。今ほど誰もが手軽に沢山情報を得られる時代でもなかったし、私のような地方の人間は、普通に生きていれば巨人しか知らないレベルだったし、野球を観戦する手段もテレビかラジオしかなかったし(スカパーとかああいうのは要アンテナだからブルジョアのもの)当時の映像とか見ると内野席スカスカやもんな。
(ここら辺は私の思い込みというか主観が強い意見ですが)そういう時代に松坂が入団したり、当時のパ・リーグパ・リーグなりに人気向上のために頑張ろうというアレがあって、マンデーパ・リーグを実施したり、そこに乗っかってくれたのかわかりませんが、NHKBS1がよくパ・リーグの中継をしてくれていたと思います。特に松坂の登板日は放送率高かったんじゃないかな。私の親がスポーツ中継が好きなものですから、家では飯時によくテレビの野球中継を垂れ流していて、それで西武戦は結構見ていた覚えはあります。


そのせいなんだよね。
私がとある野球選手にドハマリというかガチ恋し、当時は家にインターネットなんて繋がってませんでしたから、その野球選手の情報を得るべく新聞のスポーツ欄をつぶさに読み、スポーツニュースは当然ながら何でもいいから野球の香りがするテレビ番組は見尽くし、週べはひたすら立ち読み(その選手の情報があったらなけなしの小遣いで買ったはずだけど、そんな覚えないっすね…)、とか言いつつぷろやきうaiはとりあえず欠かさず購入。ほんで気が付いたらアニメオタクなんて当に卒業して野球オタクになっていたのは、そのせいなんです。
※自分で書いていて非常に馬鹿馬鹿しいというかこっ恥ずかしいんですが、十代そこそこの少女の、芸能人や有名人に対する「好き」って感覚って恋愛感情と錯覚しがちだと思います。今はもういい年だから「ちげーな」とわかるけど、当時はそういう感情の区別もつかないほど未熟であったということで。


そういう意味では松坂大輔という野球選手は、かの斎藤佑樹と同じような感じで、直接興味を持ったりファンになったりしたわけ存在ではないけれど、間接的に私を現在の趣味まで導いた人と言えるのかもしれません。


あー、で、その、私が初めて好きになった野球選手の話って今までしたことあったかなぁ?と思って、その人の名前をブログ内で検索したらヒットしなかったので、多分したことないんだと思います。ネットのどこかで話した気がするんだけどなぁ。
って言いながら、この話が2回目だったら申し訳ないのですが…その野球選手というのはこの選手です。当時全くレギュラーではなかったと思うので、今日こそ出るだろうという望みを持ちながら見ておりました。なんかね、いかにもレギュラースタメンなスターみたいな選手を好きにならないのは、昔からの性癖なんですかね。
いや、まじでかっこいいと思ったんだよ当時は………でも今見てもかっこいいね(まるで成長していない)
ちなみに、この選手がレギュラークラスまで成長した時、私はもう全身ベイス人間になっていたので、そんなにキャーキャー言ってませんでした。どこで道を間違えたんですかね(爆)
しかしあんな淡くて純粋で何かと移ろい易いBladeCatcherさんがいたのは、もう20年も昔の話になるのか……
当時ぷろやきうの情報に飢えて、見つけては貪っていた私は、今や本日の解説である橋本が時折話す社会人野球の話にニヤニヤするまでに成長しました。実況が話を多く振ってくれたのもあるけど、今日は何か色々トークが充実してたなぁ。試合の内容はあんまり頭に入らなかったけど…